巷をにぎわす事件についても、今話題性のある面白い話もほとんどありません。
でも日々思ったことを書いています。
祖母(母方)がなくなりました。
近しい肉親が亡くなるというのは初めてのことです。
10歳の時におばさんがなくなりましたが個人的にはあまり思い出がありません。葬式でお骨上げをした記憶はあるのですが。
4/1にくも膜下出血で倒れ、意識が戻らないまま、4/6永眠しました。
祖母は、常にこぎれいにしている人でした。思えばすっぴんの顔と言うのをほとんど見た記憶がありません。たまに泊まって、風呂上りくらいでしょうか。それもすぐに床に入ってしまうため、じっくり見た記憶がありませんでした。
息子の嫁(自分にとっては伯母)に、「起きたらすぐに化粧しなさい」というほどだったそうです。台所に立つ前に化粧て…。
服もなんかきらきらしたのを着ているイメージがあります。(実際毎日着ていたわけではないですが)
そんな祖母がケーブルに繋がれてシュコーシュコーと機械で息をしているのは、なんだか別の人みたいで、今にしてみれば、あまり「祖母が倒れた」ということに実感がわかなかったのかもしれません。
最期は、旦那・息子・娘(←これが母。二人兄妹)義娘、義息子(父)伯父方の孫全員に看取られて行きました。
残念ながらこちらは兄妹は仙台、東京とそれぞればらばらに住んでいるので死に目には会えませんでした。
自分も、あと2〜3分というところで間に合わなかったです。病室に入ったら、祖母の口から、ちょうどケーブルが抜かれていました。
まぁ、孤独死なんかがある昨今、比較的幸せな死に方だったのかもなぁ、とも思います。
思えばラッキーな人でした。倒れるこれまでに、二度心臓が止まっているのですが、一回目は二年ほど前に病院の駐車場で、二回目もいつだったか病院の待合室で、とすぐに息を吹き返しました。
今回もあと10分遅ければ祖父が出かけていたので、もしそうだったのならそのまま一人で倒れていたところです。
また、会いたい友達、ひ孫、兄妹が見舞いに訪れ、ここ数年集まることのなかった孫も全員顔を見せることが出来ました。
自分の弟が最後、倒れる3日前に仙台から帰ってきていたので、言葉を交わし、その後めったに帰ってくることのなかった、長野にいる孫が来たその深夜、行ったのです。
誰かが会いに来ると血圧が上がるので、おそらく意識はなくともわかっていたのでしょう。
しかし人間亡くなるとほんとに顔が土気色になるんですね。祖母の死に顔を見た瞬間、まさに「生気がない」という言葉の意味を理解しました。
その顔を見た時、「あぁ、ばあちゃんはもうここにはいないんだなぁ」と、思いました。
正直怖かったです。
人間の顔色ではなかった。けども人形とも違う、「死人」というその顔。チューブが外された瞬間なので すぼめた口がぽっかりと開き、そしてそのまま戻らない。
恐怖でしたねぇ。大げさな話かもしれませんが「死」を間近で初めて感じ取ったのかもしれません。
その後たんたんと通夜、葬式の準備が行われ、通夜や葬式がどのように進行するか初めて学びました。
通夜の儀式には仕事で間に合いませんでしたが、儀式といってもお経を上げるだけですし、通夜というのはその夜の間中ずっと、ということなのでまぁ問題はないでしょう。
そしてお葬式。
何かこれまで親戚一同久々にあったのでばたばたしてたのですが、喪主の挨拶のところでこれまで普通にしていた伯父が泣き出してしまったのでみんな堰を切ったように泣き出してしまいました。自分も思いっきり涙流しました。
その後、お骨上げ、初七日など済ませ、一連の式は終わりました。
お葬式って疲れますね。ほんとにそう思いました。
まぁ祖母のほうがもっと疲れていたでしょうに、そうも言ってられないのですが。
おばあちゃん、ありがとうございました。行ってらっしゃい。
近しい肉親が亡くなるというのは初めてのことです。
10歳の時におばさんがなくなりましたが個人的にはあまり思い出がありません。葬式でお骨上げをした記憶はあるのですが。
4/1にくも膜下出血で倒れ、意識が戻らないまま、4/6永眠しました。
祖母は、常にこぎれいにしている人でした。思えばすっぴんの顔と言うのをほとんど見た記憶がありません。たまに泊まって、風呂上りくらいでしょうか。それもすぐに床に入ってしまうため、じっくり見た記憶がありませんでした。
息子の嫁(自分にとっては伯母)に、「起きたらすぐに化粧しなさい」というほどだったそうです。台所に立つ前に化粧て…。
服もなんかきらきらしたのを着ているイメージがあります。(実際毎日着ていたわけではないですが)
そんな祖母がケーブルに繋がれてシュコーシュコーと機械で息をしているのは、なんだか別の人みたいで、今にしてみれば、あまり「祖母が倒れた」ということに実感がわかなかったのかもしれません。
最期は、旦那・息子・娘(←これが母。二人兄妹)義娘、義息子(父)伯父方の孫全員に看取られて行きました。
残念ながらこちらは兄妹は仙台、東京とそれぞればらばらに住んでいるので死に目には会えませんでした。
自分も、あと2〜3分というところで間に合わなかったです。病室に入ったら、祖母の口から、ちょうどケーブルが抜かれていました。
まぁ、孤独死なんかがある昨今、比較的幸せな死に方だったのかもなぁ、とも思います。
思えばラッキーな人でした。倒れるこれまでに、二度心臓が止まっているのですが、一回目は二年ほど前に病院の駐車場で、二回目もいつだったか病院の待合室で、とすぐに息を吹き返しました。
今回もあと10分遅ければ祖父が出かけていたので、もしそうだったのならそのまま一人で倒れていたところです。
また、会いたい友達、ひ孫、兄妹が見舞いに訪れ、ここ数年集まることのなかった孫も全員顔を見せることが出来ました。
自分の弟が最後、倒れる3日前に仙台から帰ってきていたので、言葉を交わし、その後めったに帰ってくることのなかった、長野にいる孫が来たその深夜、行ったのです。
誰かが会いに来ると血圧が上がるので、おそらく意識はなくともわかっていたのでしょう。
しかし人間亡くなるとほんとに顔が土気色になるんですね。祖母の死に顔を見た瞬間、まさに「生気がない」という言葉の意味を理解しました。
その顔を見た時、「あぁ、ばあちゃんはもうここにはいないんだなぁ」と、思いました。
正直怖かったです。
人間の顔色ではなかった。けども人形とも違う、「死人」というその顔。チューブが外された瞬間なので すぼめた口がぽっかりと開き、そしてそのまま戻らない。
恐怖でしたねぇ。大げさな話かもしれませんが「死」を間近で初めて感じ取ったのかもしれません。
その後たんたんと通夜、葬式の準備が行われ、通夜や葬式がどのように進行するか初めて学びました。
通夜の儀式には仕事で間に合いませんでしたが、儀式といってもお経を上げるだけですし、通夜というのはその夜の間中ずっと、ということなのでまぁ問題はないでしょう。
そしてお葬式。
何かこれまで親戚一同久々にあったのでばたばたしてたのですが、喪主の挨拶のところでこれまで普通にしていた伯父が泣き出してしまったのでみんな堰を切ったように泣き出してしまいました。自分も思いっきり涙流しました。
その後、お骨上げ、初七日など済ませ、一連の式は終わりました。
お葬式って疲れますね。ほんとにそう思いました。
まぁ祖母のほうがもっと疲れていたでしょうに、そうも言ってられないのですが。
おばあちゃん、ありがとうございました。行ってらっしゃい。
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あけましておめでとうございます。
というわけで、ごくまれに更新するHTHPblog、本年初の書き込みです。
今週は奇跡の週休2日。リニューアル以降初めてです。
まぁ、その分人がいなくなるわけですから出勤時はいろいろときついわけですが。
最近はなんだか失敗続きで少しへこんでたりもしてます…
というわけで近況。
1/1
うちの会社は元旦だけはかろうじて休みなので初詣に行ってきました。
行き先は地元の伊奈波神社
岐阜市近郊の初詣スポットといえばここでございます。
とはいってもお詣で目的というよりも露店目的&寒さに負けて、おみくじだけひいて帰ってきました。
「大吉」でした…。今年は厄年の、大厄なのにw
厄払いしとこうかなぁ。
1/2
初出勤。
しまった、これ以降書く事がない…
というわけで、ごくまれに更新するHTHPblog、本年初の書き込みです。
今週は奇跡の週休2日。リニューアル以降初めてです。
まぁ、その分人がいなくなるわけですから出勤時はいろいろときついわけですが。
最近はなんだか失敗続きで少しへこんでたりもしてます…
というわけで近況。
1/1
うちの会社は元旦だけはかろうじて休みなので初詣に行ってきました。
行き先は地元の伊奈波神社
岐阜市近郊の初詣スポットといえばここでございます。
とはいってもお詣で目的というよりも露店目的&寒さに負けて、おみくじだけひいて帰ってきました。
「大吉」でした…。今年は厄年の、大厄なのにw
厄払いしとこうかなぁ。
1/2
初出勤。
しまった、これ以降書く事がない…